鍬と本のはじまり
残したい、から始まった
鍬と本は、男木島の郵便局だった旧崎中邸を改修した場所です。旧崎中邸は築120年。島の人なら誰もが知っている建物でした。

ある日、このお家について相談を受けました。
年をとって家を潰すかどうか悩んでいる。潰すのは残念な気持ちもあるが、もしきちんと住んで大事にしてくれる人がいるのであれば、その人に譲りたい。
旧崎中邸は、男木島を代表する、築120年の旧郵便局舎を内包する立派なお家です。男木島の郵便局として親しんできた場所を潰すのは忍びない。そう思う気持ちが強く、私たちで購入することにしました。
残すということ
どういった用途で使うかというよりも、「残したい」という気持ちで購入したので、最初はどのようにするか決めていませんでした。
「島のため」と言うのは、苦手です。「◯◯のため」は、簡単に「◯◯のせい」に裏返ってしまう気がするから。崎中邸を残したいと思ったのは、ただ、ここがなくなるのは嫌だという、私たち自身の気持ちでした。
この建物は、長く男木島の郵便局として使われてきました。郵便局は、島と外との取次所です。島の人にとっては、用事がなくても立ち寄るような、暮らしの中の場所でもあったそうです。
だからここを、男木島で「暮らす」ということの一端を知ってもらえる場所にできないかと考えました。そして2021年、お試し移住のスペースとコワーキングスペースをつくり、長期滞在しながら仕事ができる場所として「鍬と本」をオープンしました。
前の所有者の方も、人が行き交う場所に再生していっていることを喜んでくださって、また島のおじいちゃんやおばあちゃんが、再び姿を現した郵便局舎を見て昔話をしてくれるのも、嬉しく聞いています。
島と外をつなぐ場所へ
郵便局だった棟をコワーキングスペースとして開いた「鍬と本」は、いまではカフェも営業し、仕事をする人も、島の人も、旅の人も立ち寄る場所になりました。
2023年より、郵便局員さんが暮らしていたもう1棟を宿として開いています。
宿にする際のクラウドファンディングでは、231人の方に応援していただきました。それぞれの形で男木島に関わっていただいていること、ひたすらに感謝しかありません。
もともとこの場所は、島と外との取次所だった郵便局です。
いまも島と島外をつなぐ場所であれたらと思っています。
島に来た人が、男木島で暮らす人と出会う。
島の人が、旅の人と話す。
仕事をする人が、島の時間の中で過ごす。
そんなふうに、さまざまな人や文化が行き交う場所であれたら。

屋根裏部屋に一目惚れ
宿の棟のお話を少し。
小さい頃に叶わなかった夢がいくつかあります。天体望遠鏡、秘密基地、そして屋根裏部屋。
実はこの鍬と本には素敵な屋根裏部屋がありました。厳密に言うと屋根裏部屋と小さな2階の部屋の中間ぐらいな感じでしょうか。
このお部屋は、最初、このお家を購入した時には階段が外されていて、仕舞われていた階段をつけて登ってみるとめちゃくちゃ素敵な空間があって、一目惚れをしたのでした。
改修では天窓をつけました。屋根裏部屋に光が入ると、そこはまるで、子どもの頃に思い描いていた場所と、大人になってから欲しかった場所を一緒につくったような空間になりました。
叶わなかったものを、全部詰め込んだような部屋です。
いまは宿の2階の寝室として、泊まる方に使っていただいています。


一日一組だけ
私たちは、何組ものお客様を同時にお迎えすることはできません。
またせっかくなので、ほかのお客様に気兼ねすることなく、島の静かな夜と朝をリラックスしてゆっくり過ごしていただけるように。
鍬と本は、一日一組の宿にしました。

ご飯の話 –– 採れてから口に入るまで
福井家には、「採れてから口に入るまでの距離が短いほど美味しい」という仮説があります。
男木島は、魚はもちろん、野菜もとにかく美味しい島です。
宿の夕食は、男木島で生まれ育った店主の大和が、その日に手に入るものを料理しています。
男木島には、料理が得意な人がたくさんいます。そして、食べることは島を知ることにつながっているように思います。
例えば男木みそは、大麦で作られたお味噌です。昔は各家庭で作られていたので、それぞれのおうちのお味噌の味がありました。なぜ大麦かというと男木島は水が少なく、お水をたくさん必要とするお米は作られていなかったからです。(なので男木島では昔は牛を飼っていて、その牛を高松の農家に貸し出して、仕事が終わったら牛がお米を背負って帰ってくる借耕牛というものがありました。)
すぐ話が長くなっちゃいますが、こんな風に食べ物も男木島の文化のひとつです。
鍬と本でも、そんな男木島の「美味しい」を味わってもらえたらと思っています。
晴れの日には耕して、雨の日には本を読む
「鍬と本」という名前は、晴耕雨読からつけました。
茨木のり子さんの「六月」という詩が大好きなのですが、「どこかに美しい村はないか」という問いかけから始まるその詩にいつも男木島のようだなあと思います。晴れの日には耕して雨の日には本を読んで、自然に逆らわずそのタイミングで働いたり楽しんだり学んだりする。そして美しい人の力がある。
郵便局だった頃、島の人は用がなくてもここに立ち寄っていたそうです。
旅の人にとっても、そんなふうに、また寄りたくなる場所でありたいと思っています。
ささやかな楽しみの時間をここで過ごしていただけたら嬉しいです。
海に跳ねる陽の光、すれ違う人と交わす挨拶、まんまるな夕陽、美味しいご飯。

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒(ビール)
鍬(くわ)を立てかけ 籠(かご)を置き
男も女も大きなジョッキをかたむけるどこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちるどこかに美しい人と人との力はないか
茨木のり子 「六月」
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる
